ノンコとヨツ婆っぱ

「ノンコ」は、僕の小さい時の呼び名。
「ヨツ婆っぱ」は、近所に住んでいたお婆さん。
ヨツ婆っぱの郷里と母の郷里が同じだったことから、
他人ながら、親戚付き合いのようにしてきた。


ヨツ婆っぱは、30歳前半の初産の後でリューマチを患い、
長い間床に伏せっていたが、医者も驚くほど長生きをした。
何度も「御親戚を集めて下さい。」と宣言されたが死の淵から生還し、
東北大学医学部教授が自宅を訪問して検診したほど驚異の生命力だった。


寝たきりのヨツ婆っぱが大好きだった。
幼稚園から帰って・・・小学校から帰って・・・毎日、ヨツ婆っぱの家に通った。
「ノンコやぁ〜、トクホン貼ってくんちょぉ〜。」 と言う婆っぱの背中に、
小さい手で不器用にトクホンをペタペタはって、一緒に寝そべった。


トクホンの匂いが充満する布団にもぐりこんで、
ヨツ婆っぱが語る民話を聞くのが好きだった。


ヨツ婆っぱの十八番は、「屁ったれ嫁さん」
僕が一番好きだったのも、「屁ったれ嫁さん」


題名は、地方によって「屁っぴり」だったり、「嫁ご」だったりする。
木から落ちて来る実も、クリだったり銀杏だったりするが、
ヨツ婆っぱの話は、梨がボトボト落ちてくる。


内容は、「日本の民話」のようなサイトを見つけて読んでもらうとして、
ここでは秋田地方の「へっぴり嫁」 を紹介するので参照のほど。


嫁さんが屁をする時の音を、婆っぱは毎回変えるから何度聞いても飽きない。
物語が屁をする場面に近づいて来ると、既にクスクス笑い出す。
今日は、どんな屁の音で話してくれるんだろうと想像すると堪らない。


「ノンコぉ〜、えぇ〜がぁ〜、いぐどぉ〜、屁ぇ〜すっとぉ〜!」


婆っぱの脅かしに僕は笑い転げて、すでに腹がヨジレルるほどになっている。


「いぐどぉ〜! ブゥ〜〜〜リ ブリブリ! って屁したっけが、
梨が、ボォ〜ドボドボドォ〜って おじで(落ちて)来だっげど。」


もう駄目。 気が狂ったように大爆笑して、ひきつけを起こしたようなる。


「婆っぱぁ〜、ノンコの頭が、おがしぐ(オカシク)なっがらぁ〜、
もうチョットしずが(静か)な おど(音)で屁ぇ〜してくんちぃ〜。」


と、母が婆っぱに頼んだ事があるそうだ。
学校の成績が優れないと、母が必ず言った。「婆っぱの屁のせいだな。」


薬局でトクホンを見ると、今でも涙が出て来る。
話の可笑しさと婆っぱの思い出が一緒になって、甘くて塩っぱい味の涙。


僕は未だに訛りがとれず、「どこの出身?」 と皆に聞かれる。
訛りなくして民話は語れまい。 →「日本民話データベース」


いやぁ〜、子供達が大声で笑って婆っぱの話を聞いている。
福島の遠藤登志子さんの「すけべかっぱ」は、
子供が楽しそうにしているのが伝わってくる。 


秋田の藤田ハルさんが、屁ひり嫁を語っているが、屁がお上品だ。
でも梨の実が落ちるのではなく、嫁の屁で「梨の木が折れた」には笑った。


訛りが理解できる事が嬉しい敬老の日だった。