香辛料

nobita7202012-09-02

タイの代表的な香辛料



プリック・キー・ヌー



右画像の左端(緑)がそれ。



右端のが辛味の少ない唐辛子。



中央は、韓国で消費が多いタイプ。





南米のナス科の唐辛子を発見したのはコロンブスだとされていますが、
その後、大量に欧州へ運び込んだのはポルトガル人だそうです。




中国から日本に持ち込まれた唐辛子を南蛮胡椒と称した為に、
唐辛子を 「南蛮」 と呼ぶ人も居れば、
九州で 「胡椒」 と言えば、唐辛子を意味する。
なので、柚子胡椒は柚子と胡椒ではなく、柚子と唐辛子なのですね。




同時期に朝鮮半島へも伝わったと思われますが、
現代において、日韓での唐辛子の消費量には歴然とした差があります。




どこで差が付いたのだろう? と思って調べてみたら、
こんな説 ↓ がありました。






同時期に導入されたにもかかわらず、
韓国と日本でトウガラシの消費量が大きな差が生じた理由としては、
肉食文化の普及度にあるという説が説得的である。
もともとは日本にも仏教文化を伝えた仏教国であった韓国では、
殺生が禁止されていたが、高麗時代にモンゴル(元)の統治下に入り
肉食が解禁され、その後李朝時代に儒教が国教となり
仏教が弾圧されたのと平行して肉食が普及した。
そのため欧米と同様コショ ウの需要が大きくなったが、
コショウの輸入のため銀や大蔵経が多く必要となり、
代替品として国産が可能なトウガラシへの需要も高まったため、
なお肉食を禁じていた日本とは比較にならないほど
トウガラシが普及したと言われる。
トウガラシを使った発酵食品であるコチュジャンが開発され
多くの料理に使われるようになったのもトウガラシ普及の一因であった。
ニンニクの普及の日韓の違いも同様の理由であり、
また韓国で緑茶が飲まれていなかったのも、
かつて茶園が仏教寺院によって経営されており、
仏教衰退とともに緑茶生産も減退したためといわれる


鄭大聲朝鮮半島の食と酒―儒教文化が育んだ民族の伝統」
 中公新書1998)。







なぁ〜るほど、それで韓国には茶が無いんだぁ〜。
中国にはウーロン茶があり、日本では緑茶飲まれているのに、
韓国ではトウモロコシのヒゲ茶などと言う不思議なものが飲まれる。




近年に復活した 「韓国伝統茶」 でも、
日本で飲まれている茶葉を使用したものは見当たらない。






話は香辛料に戻って…。



昨日、店の閉店後に、お客さん家族をタイ料理店に案内した。



タイ人は揚げ物を食べる時にスィートチリソースを付けますが、
甘味を嫌う人は、塩胡椒を欲しがる。




文頭に書いたタイの代表的な唐辛子、プリック・キー・ヌーは、
プリック(唐辛子)キー(糞)ヌー(鼠) と言う意味ですが、
タイの代表的な唐辛子と言えると思います。



なので、国名を冠した プリック・タイ と言えば、
右上画像の唐辛子群を意味するのだと思い込んで居ました。




西洋を意味する ファラン を付けて、
プリック・ファラン と言えば、「胡椒」 の事だろうと思い込んでいた。




で、塩胡椒を注文するのに、「クルア(塩)&プリック・ファラン
と言ったら、店員が ???。



あれやこれやと説明したら、「あぁ〜、プリック・タイの事か…。」 って。




えぇ〜? プリック・タイは唐辛子でしょ!
胡椒は、プリック・ファランでしょ! と思ったのですが、
白胡椒こそが、タイの伝統的な香辛料なのだそうです。




唐辛子がタイに持ち込まれたのは、16世紀以降のアユタヤ時代で、
それまでは、タイ料理に使われていたのは、白胡椒なんだそうです。



それはインドにおいても同じ事で、
胡椒は高級品として欧州に輸出され、タイ人やインド人の口には入らず、
替わってポルトガルから持ち込まれた安価な唐辛子を栽培して、
胡椒の代用品として使われて来た経緯があったのだ。




欧州でも豊かでは無かったハンガリーなどでは唐辛子の消費量が多く、
胡椒の代わりに唐辛子が用いられた東欧諸国ではパプリカ文化が発達した。




だよねぇ〜。 学生時代に習った東インド会社の事を思い出せば、
元来、東南アジアは胡椒文化なんだよねぇ〜。




昔は、タイのプリックと言えば胡椒で、
外国のプリックと言えば、唐辛子の事だったのだろう。
胡椒の高級化と唐辛子の普及に伴って、「外国のプリック」 から
「外国」 の文字が消えて、「プリック」 と言えば唐辛子の事で、
胡椒は、わざわざ 「タイのプリック」 と言わないといけなくなっちゃった。




なぁ〜るほど…と何度もうなづきながら検索していた一日です。